エリアも業務も一点突破
魅力ある物件を独自ルートで開拓
株式会社リアルさいたま
代表取締役 星地 敏道
不動産業

名刺を拝見して、まさにこの仕事をするために生まれてきたような素敵なお名前…!と驚きました。業界のピンチの中であえて独立し、試行錯誤しながらもシンプルな戦略で顧客満足度を上げています。しかし先を見れば少子高齢化、地方の過疎化など不動産業界では対応待ったなしの状況。「上限を決めたらそこで終わり。やれることは全部やっていく」と攻めの姿勢を見せる星地社長です。(インタビュアー 山根 聖美)

不動産売買に特化した手厚い顧客サービス
さいたま市とその周辺エリアの土地、建物、マンションなどの不動産売買に専門特化しています。大手不動産ポータルサイトにも物件情報を掲載していますが、弊社ホームページでは、毎日更新される最新の情報だけでなく会員限定の未公開物件、独占物件がどのくらいあるかも検索することができます。また、物件を売りたい、買いたいと考えるお客様に向けた顧客サービスへの手厚さにも大変好評をいただいています。たとえば、物件情報を最速で伝えるLINEアカウントの運営、弁護士・税理士などへの無料相談、売却時の引越し費用応援制度、シニアや大家族への応援制度などです。事務所はJR宇都宮線「土呂駅」の至近距離。大宮などの繁華街と違って駅前は静かなので「なぜここに?」とよく聞かれるのですが、初めて訪れるお客様にとってシンプルで迷いにくいということと、車でも来ていただきやすい立地。また徒歩圏内には閑静で人気の高い盆栽町(さいたま市北区)などもあり、地域密着の不動産会社としてこれ以上ないロケーションだと思っています。

やっぱり強いのは地元の会社
実は創業当初はさいたまエリアに特化せず、一都三県くらいまでの物件も扱い、手広くやっていたんです。2011年より前は新築物件があれば右から左へ売れていくような時代でしたから。しかし、東日本大震災の発災後は新築物件がぱたりと動かなくなりました。しかも、同じ物件を複数の仲介業者が奪い合い、手数料の安売り戦争のような状況に。そして結局は地元の不動産屋にばかり契約が決まっていく…という状況が続いたため、事業規模を見直しました。拠点のある地元ならではの独自ルートで売却したいお客様を開拓し、当社でしか扱わない物件を増やし、大手がやらない買取再販(既存住宅を買い取り、リフォーム工事を実施した上で販売する事業形態)も積極的に行いました。その結果、業績アップに成功しました。不動産会社は手広くやればいいってもんじゃないですね。現在は得意なエリアで、中身を濃くした営業ができていると思います。

“反対側”から仕事を見る
「営業側目線」でお客様には接しない、ということですね。自分の仕事が中心になってしまえば、お客様との感覚とズレが出てしまい、提案が雑になってしまったり、ご希望を汲み取れないことがあります。常に「顧客側」になって動くことは自分でも心がけていますし、スタッフにも伝えていることです。たとえば、ネット検索などでも出てくる物件情報や写真は、売る側の業務効率ばかり考えて作っていると、単調でつまらないものになりがちです。その家の周辺環境から、方角、写真の撮り方、魅せ方などを駆使して情報量を増やし、ときには動画を加えたりもします。限られた魅力ある物件を集中して出すことで、お客様に見つけていただきやすくなると思っています。地域密着企業ですから、大手よりもお客様にはきめ細かい対応ができていると自負しています。日々お客様のための「目配り、気配り、心配り」を続けたいですね。

少子化、過疎化…次世代見据えたビジネス展開を
不動産業って、基本的にやることは同じことの繰り返しなんです。だからこそ、ひとつひとつに気を抜かず、やることに上限を設けないことですね。満足しちゃったらそこで終わりですから。何十年か先には少子高齢化がますます進み、空き家の増加も懸念されます。変化していく時代に沿った経営ビジョンをいま懸命に模索しているところですね。先日、生まれ故郷の愛媛に帰ったとき、空地・売地だらけだった光景も忘れられません。地方の活性化についても今後取り組みたいビジネスのひとつです。創業12年とまだまだ序盤だと思っています。これからも走り続け、いつか愛媛に支店をだすことも夢のひとつです。
PROFILE

株式会社リアルさいたま代表取締役 星地 敏道
【所在地】
〒331-0804
埼玉県さいたま市北区土呂町2丁目10-2
JR宇都宮線土呂駅東口 徒歩1分
【連絡先】
TEL:048-662-1118
FAX:048-662-1116
【URL】
https://www.real-saitama.co.jp/
【設立】
2011年(平成23年)
【営業時間】
9:00~19:00(年中無休)
2022年12月24日 公開
震災後の大不況下で独立
愛媛・松山市の出身で、実家はおもちゃや五月人形などを売ったりする、昔ながらの玩具屋でした。昭和から平成に元号が変わったバブル真っ盛りのタイミングで大学進学のため上京。青山学院大学の2部(夜間部)に通学していましたので、昼間はウェイターとして働いていました。学生としてはかなりの収入があったということと、実家の小売業で小額取引を見ていたためか、自分はもっと大きな取引をしたいという思いがあり、自然と不動産業界を志しました。就職情報誌に「社長になりませんか?」と銘打つ不動産仲介会社に惹かれて入社。数年でさいたまエリアの支店の管理職として任されるようになり、順調に売り上げも伸ばしていましたが、2011年に発生した東日本大震災がきっかけで業界は大不況に。業績の低迷が続き、同期の仲間も次々を辞めていくなか、自分はこの業界への夢が消えず「自分でやるしかない」と独立を決めました。ちょうど勤続20年のタイミングでもありました。社会的には非常に厳しい状況のなかでの起業でしたね。